JAと日本の農業:農家は本当に恩恵を受けているのか?有権者のための徹底検証

1. はじめに:JAは私たちの食と農にどう関わっているのか?

日本の農業は、私たちの食卓を支え、美しい国土や文化を育んできた、かけがえのない産業です。そして、その最前線で日々汗を流す農家の皆様には、心からの敬意と感謝の念を抱かざるを得ません。この日本農業の屋台骨として、長年にわたり中心的な役割を担ってきたのが、全国各地に広がる農業協同組合、通称「JA」です。多くの農家がJAを通じて農産物を出荷し、肥料や農薬といった生産資材を購入し、時には経営のアドバイスを受け、さらには貯金や保険(共済)といった金融サービスを利用するなど、JAは農家の事業と生活の隅々にまで深く関わっています。その影響力は絶大であり、JAの動向は日本農業の将来、ひいては私たちの食生活にも大きな影響を与えます。

このように、JAが農業分野で広範な活動を展開し、準公的な性格も帯びていることを踏まえると、その組織運営や事業活動が常に農家一人ひとりの利益を最大化し、日本農業全体の持続的な発展に貢献しているのかどうかを検証することは、国民全体にとっても極めて重要な意味を持ちます。JAの現状を客観的に把握し、課題があればそれを改善していくことは、日本の食料安全保障や地域経済の活性化、さらには消費者の利益にも繋がるからです。

本稿では、JAに関して様々な学術研究や調査報告がなされている点を踏まえ、それらの専門的な知見を基に、JAが抱える可能性のある課題について、有権者の皆様にも分かりやすく解説し、日本の農業政策を考える上での一助となることを目指します。これはJAを一方的に批判するものではなく、日本の農業がより良い方向に進むための一つの問題提起として、建設的な議論を喚起することを目的としています。農業政策は、選挙を通じて民意を反映させるべき重要な分野であり、JAのあり方についての理解を深めることは、私たち有権者が賢明な判断を下すために不可欠と言えるでしょう。

2. JAは本当に農家の味方?運営の非効率性が農家にもたらす不利益

JAは「農家による農家のための組織」として、組合員である農家の経済的・社会的地位の向上を目的として設立されました。しかし、その巨大な組織運営の過程で、本当に効率的に農家をサポートできているのか、という点については様々な議論があります。学術研究からは、JAの事業運営における非効率性や組織としての硬直性が指摘されており、それが結果として農家の不利益に繋がっている可能性が浮かび上がってきます。

A. 歴史が示すJAの課題:市場変化への対応力

過去の市場環境の変化に対して、JAが必ずしも迅速かつ効果的に対応できなかった事例は、現在のJAの組織体質や事業運営のあり方を考える上で重要な示唆を与えます。経済のグローバル化、消費者ニーズの多様化、気候変動など、現代の農業を取り巻く環境は常に変化しており、JAがこれらの変化に柔軟に対応できているかは、農家の経営安定にとって死活問題です。

この点に関して、桂瑛一氏の1977年の論文「農協共販における価格行動」では、JAの歴史的な対応について次のように述べられています。「当初、農協は、統制下にあった農産物の集荷業務によって事業収入の多くを確保していたが、昭和24年以降の統制撤廃によって商人の進出が始まり、農協の経営不振に拍車がかかることになる。」1。この記述は、JAが戦後の統制経済から市場経済へと移行する大きな環境変化に直面した際、すぐには適応できず経営不振に陥った歴史を示しています。統制下では安定した収益源であった集荷業務も、自由競争の波にさらされると、民間商人との競争に苦戦したのです。

このような過去の経験は、JAの組織体質として、外部環境の変化への対応が本質的に不得手である可能性を示唆しています。一度確立された事業モデルや組織構造は、環境が変化しても容易には変わらない「経路依存性」とも呼べる現象が、JAの内部に存在するのかもしれません。統制経済下で最適化された組織運営のあり方が、市場経済のダイナミズムの中では非効率を生み出す要因となったように、現在のJAもまた、過去の成功体験や慣習に縛られ、新たな市場環境への適応が遅れている部分があるのではないでしょうか。もしそうであれば、JAが農家のために提供するサービスの質が低下したり、農家が市場の新しい機会を捉え損ねたりする形で、不利益が生じる可能性があります。この歴史的な教訓が、現在のJA改革において十分に活かされているのか、厳しく問われる必要があります。

B. 「本業」での赤字と金融頼み:いびつな収益構造の問題点

JAの事業の柱は、農産物の販売や生産資材の供給といった農業関連事業であるはずです。しかし、多くのJAにおいて、この「本業」とも言える農業関連事業が赤字であり、その赤字を貯金や共済(保険)といった金融事業の利益で補填しているという構造が常態化しているとの指摘があります。このような収益構造は、JAの持続可能性や、農家へのサービス提供のあり方に大きな疑問を投げかけます。

小林康一氏の論文「都市型JAの組織変革に関する一考察」では、この問題が明確に指摘されています。「全国の農業協同組合の8割で農業関連事業が赤字であることが農林水産省の調査でわかった。農産品の卸売りや農機・農薬販売といった「本業」で稼げず、貯金の運用や民間の保険に似た共済の販売で穴埋めしている。」2。この農林水産省の調査結果は衝撃的であり、JAの経営の根幹に関わる深刻な問題を露呈しています。「本業」で利益を上げられないという事実は、JAが農業振興という本来の目的を十分に果たせていない可能性を示唆し、その存在意義すら問われかねません。

このような金融事業への過度な依存は、いくつかの深刻な問題を引き起こす可能性があります。第一に、農業関連事業の赤字が金融事業の利益で恒常的に補填されるならば、農業関連事業そのものの効率化や収益性改善へのインセンティブが低下する恐れがあります。赤字であっても組織全体としては存続できるため、痛みを伴う抜本的な改革が先送りされ、非効率な状態が温存されやすいのです。第二に、金融事業で得られた利益が、農業部門への十分な再投資や、組合員である農家への適切な還元(例えば、より有利な条件での資材供給や、より高い販売価格の実現など)に向けられず、赤字部門の穴埋めに消えてしまう可能性があります。これは、農家がJAに期待する本来の機能が十分に発揮されないことを意味します。

さらに、低金利時代の長期化や金融市場の変動リスクを考えると、金融事業の収益性も盤石とは言えません。小林氏も指摘するように、金融依存の経営モデルは限界に近づいている可能性があり2、もし金融事業の収益が悪化すれば、JA全体の経営が揺らぎ、農家へのサービス提供に更なる支障をきたすことも懸念されます。このような歪んだ収益構造は、JAの意思決定が、農業者の利益よりも金融部門の論理を優先する方向に傾くリスクも孕んでいます。果たして、現在のJAの経営判断は、真に農業者のためになされているのか、それとも組織維持のための金融収益確保が優先されているのか、厳しく検証されるべきでしょう。

C. 抜本改革の先送り:場当たり的対応が招く長期的な不利益

JAが直面する経営課題に対して、根本的な原因に踏み込んだ改革ではなく、一時しのぎの対症療法的な対応に終始してきたのではないか、という批判も存在します。特に、経営不振に陥ったJAが、近隣の比較的体力のあるJAと合併することで、見かけ上の収益性を改善させるといった手法が繰り返されてきたことは、問題の本質的な解決を先送りにしてきた側面があるかもしれません。

小林康一氏は、前掲の論文でこの点について鋭く指摘しています。「資源が豊富なJAが近隣の弱体化したJAを飲み込むことで見た目の収益性を向上させることで対処療法的な経営改善をおこない、結果的に経営の抜本的な改革を先送りにしてきた。」2。このような合併は、一時的に財務諸表を改善させる効果はあるかもしれませんが、吸収されたJAが抱えていた非効率な事業運営や組織体質が、そのまま新しい大きな組織に持ち越される可能性があります。むしろ、組織が大規模化・複雑化することで、個々の農家の声がさらに届きにくくなり、意思決定の遅延や官僚主義の弊害が深刻化するリスクすらあります。例えば、後述する小賀坂行也氏の研究では、JAの広域合併や准組合員の増加が、個々の農家の意見反映を難しくしている可能性が示唆されています3

合併そのものが目的化し、合併後のシナジー効果を具体的にどう生み出し、農家へのサービス向上に繋げるのかという戦略が曖昧なままでは、単に問題の先送りにしかならないでしょう。抜本的な改革には痛みが伴うこともありますが、それを避けて表面的な対応に終始することは、長期的にはJA組織全体の競争力を削ぎ、ひいては組合員である農家の経営安定や所得向上を阻害する要因となり得ます。このような経営体質が温存される背景には、JAが持つ独占禁止法適用除外といった特殊な法的地位4や、政治的な影響力によって、市場からの厳しい淘汰圧を免れてきたという構造的な問題も指摘できるかもしれません。真の農家のためを思うならば、目先の安易な解決策に逃げるのではなく、組織のあり方そのものにメスを入れる覚悟がJAには求められています。

D. 計画生産や価格形成力の限界:期待された成果は上がっているか?

JAの経済事業の大きな目的の一つは、計画的な生産と出荷を通じて需給バランスを調整し、市場での価格形成力を高めることで、農家の所得向上に貢献することです。しかし、農業という産業が持つ固有の特性、すなわち天候に左右されやすい生産の不安定さや、多数の小規模生産者が存在し新規参入も比較的容易であるといった構造から、JAがこれらの目標を達成することは容易ではありません。

桂瑛一氏の論文「農協共販における価格行動」では、この点に関連して「計画生産の困難性」1や「参入障壁形成の困難性」1が指摘されています。つまり、農産物の生産量を正確にコントロールすることや、JA以外の流通業者や販売チャネルの参入を効果的に制限することは、本質的に難しいというわけです。これらの構造的な制約は、JAが市場価格に対して持つ影響力を限定的なものにし、農家が期待するほどの有利な販売価格を実現することを困難にしている可能性があります。

もしJAが、達成困難な目標(例えば、特定品目の市場価格の完全なコントロール)に固執し、そのための共販システムや計画出荷体制を農家に求めるならば、それは農家にとって過度な負担や経営の自由度の制約に繋がる一方で、期待された所得向上効果が得られないという事態を招きかねません。JAの経済事業が、このような構造的限界を十分に認識した上で、現実的かつ効果的な戦略(例えば、品質向上によるブランド化、新たな需要層の開拓、流通コストの徹底的な削減など)に重点を移せているのか、検証が必要です。そうでなければ、「JAに任せていれば高く売れる」という期待は裏切られ続け、農家のJAに対する信頼も揺らぐことになるでしょう。

E. ガバナンスの問題:新しい制度は機能しているか?

JAの組織運営の透明性を高め、組合員の意思をより的確に反映させるために、経営管理委員会制度の導入など、ガバナンス改革の取り組みが進められています。これは、株式会社における指名委員会等設置会社や執行役員制度に類似したもので、JAの経営の監督機能と業務執行機能を分離し、専門性と効率性を高めることを目指すものです。しかし、これらの新しい制度が、必ずしも意図した通りに機能しているわけではない、という指摘もなされています。

福田順氏の論文「農協(JA)組織のガバナンス改革の検討」では、この経営管理委員会制度について、「しかしながら業務管理が煩雑になるため、敬遠されている制度であるという指摘もある。」5と述べられています。さらに、「このような形での農協の会社化は収益性にマイナスの影響を与えるという仮説を立てることができる。」5とも論じられています。つまり、新しいガバナンス制度が、かえって業務の複雑化を招き、意思決定の遅延やコスト増を引き起こし、結果としてJAの収益性を損ねる可能性があるというわけです。

福田氏の計量分析によれば、2003年度から2008年度の期間では、経営管理委員会の採用がJAの事業総利益率に必ずしもプラスの効果をもたらしていなかった可能性が示唆されています。一方で、2008年度から2013年度にかけては、経営管理委員会制度の導入がJAの収益性向上に寄与したという結果も出ており5、制度の運用に習熟することで効果が発現する可能性も示されています。しかし、制度導入初期の混乱や、制度が形骸化し単なる形式的なものに終わってしまうリスクは依然として存在します。もし、新しいガバナンス制度が実質的な経営改善に繋がらず、むしろ組織運営の非効率化を招くようであれば、その負担は最終的に組合員である農家に転嫁されることになりかねません。JAのガバナンス改革が、真に農家のためのものとして機能しているのか、その実効性については継続的な検証が必要です。

F. 現場の声は届いているか?部会組織の弱体化と意思決定のズレ

JAの意思決定において、現場の農家の声がどれだけ反映されているかは、JAが真に組合員のための組織であるかを見極める上で極めて重要なポイントです。農家の意見をJA運営に吸い上げ、専門的な技術指導や情報共有を行うための重要なプラットフォームとして、作物別などに組織される「部会」が存在します。しかし、この部会組織が近年、様々な要因から弱体化しているとの指摘があります。

神戸大学の宮部和幸氏による論文「農協部会組織の活性化に関する課題」では、「しかし、部会組織は、構成員である部会員の減少・高齢化の進展などにより、弱体化している組織が少なくない。また、農協合併に伴って部会組織の再編・統合が進められてきたものの、スムーズに運営されていないケースもみられる。」7と述べられています。部会員の減少や高齢化は、部会活動の担い手不足や活力低下に直結します。また、JAの広域合併に伴う部会の再編・統合が、必ずしも現場の農家の実態に即した形で行われていない場合、部会運営が形骸化し、その機能が低下する恐れがあります。

さらに宮部氏の論文では、部会組織が抱える問題点として「部会の意向が農協の方針に十分反映されないこと」7が挙げられています。これは、JAの経営層と現場の農家との間に意識の乖離が生じている可能性を示唆します。もし、農家の切実なニーズや意向がJAの方針決定プロセスに適切に反映されなければ、JAの事業が農家の実態からかけ離れたものとなり、例えば市場価値の低い品目の生産を奨励したり、高コストな資材の利用を推奨したりするなど、結果として農家の経営に不利益をもたらす事態も起こり得ます。部会組織の弱体化と、農家の声の不反映は、JAの販売戦略の陳腐化、情報共有の遅滞、適切な技術指導の欠如といった形で、農家の販売機会の損失や市場ニーズへの対応の遅れ、有利な農業技術情報の入手困難といった具体的な不利益に繋がる可能性があります。

3. JAシステム:支援ネットワークか、抜け出しにくい迷路か?

JAは、農産物の販売、生産資材の購入、資金調達、技術指導、さらには生活物資の供給や福祉サービスに至るまで、農家の生産と生活を多方面から支える包括的な支援ネットワークとして機能してきました。その存在は、特に小規模な農家や中山間地域の農家にとっては、なくてはならないものと認識されている場合も少なくありません。しかしその一方で、JAへの依存度が高まるにつれて、農家がJA以外の選択肢を検討したり、JAの方針に異を唱えたりすることが難しくなる、「抜け出しにくい」構造になっているのではないか、という指摘も専門家からなされています。

A. 高い市場シェアと「無条件委託」:農家のJA依存構造

JAが農産物の集荷・販売において高い市場シェアを占めていることは、多くの農家にとってJAが主要な販売チャネルであることを意味します。特に、特定の地域や品目においては、JAが圧倒的な流通量を握っているケースも少なくありません。このような状況下で、JAが「無条件委託販売」という方式を推進している点は注目に値します。無条件委託とは、農家が生産した農産物を、価格や販売方法について具体的な条件を付けずにJAに全面的に委託する販売形態です。

桂瑛一氏の論文「農協共販における価格行動」では、「農協共販のシエアーが高まるにつれて、農協共販は、価格を単に与件とするのではなく、種々の方法で価格に積極的に働きかけ、有利な価格の実現に工夫をこらすようになっている。」1と述べられています。これは、JAが高い市場シェアを背景に、価格形成に対して能動的な役割を果たそうとしていることを示しています。その一方で、同論文では「系統組織において一貫した無条件委託を実現する体制をつくることの重要性が強調されている。」1とも指摘されており、JAが組織全体として無条件委託を推進していることが伺えます。

農家にとって、JAが高い市場シェアを持ち、無条件委託のようなシステムが主流となっている場合、JAを通じた販売への依存度は必然的に高まります。特に、JA以外の販路が乏しい地域や、JAの価格形成力が強いとされる品目を生産している農家にとっては、JAの方針に従わざるを得ず、個々の農家の自由な経営判断が制約される可能性があります。もし、JAの共販システムが非効率であったり、市場価格よりも不利な条件を提示したりする場合でも、農家は他に有利な選択肢が限られているために、その不利益を受け入れざるを得ない状況に追い込まれることも考えられます。これは、JAの共同販売という仕組みが、本来意図した農家のための交渉力強化という側面だけでなく、農家のJAへの従属を強めるという、いわば「諸刃の剣」としての側面も持ち合わせていることを示唆しています。

B. 流通インフラへの依存:JAなしでは成り立たない?

米や野菜といった主要農産物の流通において、JAグループは集出荷施設や選果場、ライスセンターといった物理的なインフラを全国各地に整備し、その運営を通じて大きな役割を担っています。これらの流通インフラは、農産物の品質を保持し、効率的に市場へ供給するために不可欠なものであり、個々の農家が独自に整備・維持するには多大なコストと労力が必要です。

農林水産省 新事業・食品産業部が作成した「農産物・食品の適正な価格形成について」という資料に掲載されている米や野菜の流通経路図10を見ると、生産者からJA(農協、全農県本部等)を経由して卸売市場や実需者へと流れるルートが主流であることが明確に示されています。特に、選果施設や集荷施設といったJAのインフラへの依存度が高い地域や農家にとっては、JAを離れて独自に販売チャネルを確保することは、物理的にも経済的にも極めて困難です。これが、農家がJAとの関係を断ち切りにくい「抜けにくさ」を生み出す大きな要因の一つとなっています。

また、歴史的な経緯もこの依存構造に影響を与えています。小賀坂行也氏の論文「農協の存在意義と意思決定・ガバナンス構造の研究」では、米の流通に関して、かつての「国が全量買い入れる食管制度」から「消費者・実需者のニーズに対応しなければ有利に販売できない」市場へと変化したことが指摘されています3。食糧管理制度下では、JAを通じた出荷がほぼ唯一のルートであり、農家はJAに強く依存せざるを得ませんでした。制度が変わった現在でも、長年にわたる慣行や、JAが広範に整備・所有してきたライスセンターなどのインフラへの依存から、特に米についてはJAが主要な出荷先であり続ける地域が多く存在します。

このような流通インフラへの依存は、もしJAの流通システムが非効率でコスト高であったり、市場のニーズに迅速に対応できなかったりする場合、農家はその不利益を直接的に被ることになります。代替手段が乏しいために、JAの条件を受け入れざるを得ないという状況は、農家の経営努力が報われにくい構造を固定化させる恐れがあります。この「インフラによる囲い込み」とも言える状況は、JAに対する競争圧力を弱め、JA自身の経営効率改善やサービス向上へのインセンティブを削ぐことにも繋がりかねません。

C. 部会組織とJA販売網:参加し続ける必要性

JAの事業運営において、特定の品目を生産する農家によって組織される「部会」は、技術指導や情報交換、共同購入・共同販売といった多岐にわたる機能を持つ重要な存在です。JAが販売戦略を構築し、それを実践・具体化していく上で、これらの部会組織の活性化が不可欠であるとされています。

神戸大学の宮部和幸氏による論文「農協部会組織の活性化に関する課題」では、「農協が販売戦略を構築し、実践・具体化するためには、その基盤となる作目別生産部会組織(…)の活性化が重要となる」7と述べられています。また、部会組織の機能として、「部会組織を通して部会員が共同活動を行う場であり、農協の販売事業(分量)の維持・発展に期する機能である。」7とも指摘されています。これは、JAの販売チャネルや共同での有利販売、あるいは専門的な栽培技術や市場情報の共有といったメリットを享受するためには、農家が部会に所属し、その活動に参加し続けることが実質的に求められることを意味します。

このような部会組織を通じたJAとの結びつきは、農家にとって有益な支援を受けられる一方で、JAとの関係を断ち切りにくくする「抜けにくさ」を生み出す要因ともなり得ます。もし、JAの運営方針が特定の農家の経営戦略と合致しなかったり、部会の運営が非効率であったり、あるいは部会内での意見がJA上層部に適切に反映されなかったりする場合でも、部会を脱退することがJAの販売網や各種支援からの離脱を意味するのであれば、農家は不利益を感じながらも関係を維持せざるを得ない状況に陥る可能性があります。例えば、市場価格よりも不利な条件での販売を甘受したり、JAが推奨する特定の資材の購入を実質的に強制されたりするケースなどが考えられます。部会組織は、本来農家のための協同活動の場であるべきですが、その運用次第では、農家の自由な選択を制約し、JAへの依存を深める装置としても機能し得るのです。

D. 独占禁止法の適用除外とその影響

日本の農業協同組合(JA)およびその連合会は、一定の条件下で独占禁止法の適用が除外されています。この制度は、個々の農家が市場で不利な立場に置かれることを防ぎ、協同して経済活動を行うことでその地位を向上させることを目的として設けられました。しかし、JAが巨大な組織となり、市場で大きな影響力を持つようになった現在、この適用除外が意図せざる結果を招いている可能性が指摘されています。

林秀弥氏と西澤由隆氏の共著論文「経済法と農協改革」では、「(農協は)市場に対する影響力が大規模商社よりも大きくなっており、農産物の価格やその流通に大きな影響を与え」4ていると述べられています。さらに、「単位農協のみならずその連合会も適用除外の対象とされていることから、都道府県レベルや全国レベルの連合会(全農等)も同法の適用除外の対象となっている」4と指摘されており、JA系統全体がこの法的保護の下にあることがわかります。

独占禁止法の適用が除外されることで、JAは共同での価格設定や販売戦略、資材の共同購入などをより自由に行うことができます。これは、農家が団結して市場交渉力を高めるという協同組合の理念に沿ったものです。しかし、JAが市場で圧倒的なシェアを持つようになると、この適用除外が競争を制限し、結果として農家の選択肢を狭める方向に作用する可能性があります。例えば、JA以外の事業者からの資材購入や、JAを通さない農産物の販売が事実上困難になるなど、競争原理が働きにくい状況が生まれやすくなります。

このような状況は、JAが提供するサービスや資材の価格、販売条件などが、市場競争にさらされることなく決定され、農家にとって必ずしも最適ではないものになるリスクを孕んでいます。農家がJA以外の選択肢を持ちにくくなることは、JAの経営効率化やサービス改善へのインセンティブを弱め、組織の硬直化を招く一因ともなり得ます。独占禁止法の適用除外という制度が、本来の農家保護という目的から逸脱し、JA組織自体の既得権益を保護する方向に作用していないか、慎重な検証が求められます。

E. 公正取引委員会がメスを入れた事例:不公正な取引の実態

JAの独占禁止法適用除外は絶対的なものではなく、「不公正な取引方法を用いる場合」などには同法が適用されます。実際に、JAがその優越的な立場を利用して組合員である農家に対して不公正な取引を強いたり、競争を制限したりする行為が、公正取引委員会によって問題視され、法的措置や警告が取られた事例が複数存在します。これらの事例は、JAシステムが農家にとって「抜けられない」状況を作り出し、その中で不利益な条件を強いる危険性があることを具体的に示しています。

林・西澤氏の論文「経済法と農協改革」では、公正取引委員会による法的措置及び警告の事例として、「組合員に対し、農産物の農協への出荷や肥料・農薬の農協からの買取りを強制」「農協以外にねぎを出荷したことを理由に部会を除名」「施設整備の入札において、落札企業や入札価格を事前に決定」といった行為が挙げられています4

これらの類型に合致する具体的な事例として、以下のようなものがあります。

  • JA新はこだて花き生産出荷組合に対する警告(平成22年): 花卉組合が組合員に対し、生産する花卉の全てをJA新函館に出荷するよう規約で定め、違反した組合員を準組合員に降格させるなどの措置を講じた行為が、独占禁止法第8条第4号(事業者団体による構成事業者の機能又は活動の不当な制限)に違反するおそれがあるとして警告を受けました11
  • 土佐あき農業協同組合に対する排除措置命令(平成29年): なすの販売を受託する組合員に対し、JA以外になすを出荷することを制限する条件を付けていた行為(例えば、系統外出荷者からの販売受託拒否や系統外出荷手数料の徴収など)が、独占禁止法第19条(不公正な取引方法第12項「拘束条件付取引」)に違反するとして排除措置命令を受けました12
  • 福井県経済農業協同組合連合会に対する排除措置命令(平成27年): 県内のJAが発注する穀物の乾燥・調製・貯蔵施設の製造請負工事(特定共乾施設工事)について、施主代行者として受注予定者を指定し、入札価格を指示して入札させていた行為が、独占禁止法第3条(私的独占の禁止)に違反するとして排除措置命令を受けました14
  • その他、農林水産省がまとめた資料16によれば、JAやつしろが補助事業を受ける際に生産資材のJAからの購入や農産物のJAへの出荷を要請した事例(排他条件付取引の疑い)17や、大分県農協がJA以外にねぎを出荷した組合員に対し銘柄名や集出荷施設の利用を禁止した事例(差別取扱いで排除措置命令)18など、枚挙にいとまがありません。

これらの事例は氷山の一角である可能性も否定できません。JAが持つ市場での影響力や、農家との間の情報格差、依存関係などを背景に、農家が不利益な条件を甘受せざるを得ない状況が構造的に存在しているのではないか、という疑念を抱かせます。公正取引委員会の監視・介入は重要ですが、それだけでは不十分であり、JA組織内部のガバナンス強化や、農家の権利意識の向上が不可欠です。

F. 歴史的経緯と現在の「抜けにくさ」:コメ農家とJA

特に日本の基幹作物であるコメの生産において、JAは歴史的に極めて強い影響力を持ってきました。戦後の食糧管理制度下では、国がコメの全量を買い上げ、その集荷・販売業務の多くをJAが担っていました。このため、コメ農家にとってJAは、生産したコメを確実に出荷できるほぼ唯一のルートであり、JAへの依存度は非常に高いものでした。

小賀坂行也氏の論文「農協の存在意義と意思決定・ガバナンス構造の研究」の表1「農協を取り巻く環境の変化」では、コメの流通が「国が全量買い入れる食管制度」から「消費者・実需者のニーズに対応しなければ有利に販売できない」市場へと大きく変化したことが示されています3。1995年に食糧管理制度が廃止され、コメの流通も市場原理に委ねられるようになりましたが、長年にわたって形成されたJA中心の流通構造や、JAが各地に整備・運営してきたライスセンター(乾燥・調製・貯蔵施設)といったインフラへの依存は、容易には解消されませんでした。

その結果、現在でも多くの地域で、コメ農家にとってJAは主要な出荷先であり続けています。これは、JAが持つ集荷能力や販売網、そして何よりもライスセンターのような大規模施設を個々の農家が代替することが困難であるという現実を反映しています。しかし、このJAへの強い依存関係は、もしJAの販売戦略が市場のニーズと合致していなかったり、販売手数料が高かったり、あるいは米価そのものが低迷したりする場合、コメ農家がその不利益を直接的に被りやすいという「抜けにくさ」の構造を生み出しています。過去の制度的枠組みの中で形成された依存関係が、市場化が進んだ現在においても農家の選択の自由を制約し、JAの経営方針に左右されやすい状況を継続させている可能性があるのです。

G. 広域合併と准組合員の増加:個々の農家の声は届きにくくなっているか?

近年、JAの経営基盤強化や効率化を目的として、広域合併が進められています。これにより、JAの事業エリアは拡大し、一つのJAがカバーする地域や組合員数が大幅に増加するケースも珍しくありません。また、特に都市部やその近郊のJAにおいては、農業を営まない地域住民がJAの信用事業(JAバンク)や共済事業(JA共済)などを利用するために加入する「准組合員」の数が、農業者である「正組合員」の数を上回る現象も広がっています。

小賀坂行也氏の論文「農協の存在意義と意思決定・ガバナンス構造の研究」では、仙台農協を事例として、このような「事業エリアが広域」で「正組合員数よりも准組合員数が多い都市型農協」の現状が分析されています3。組織が大規模化し、組合員の構成が多様化する中で、個々の農家、特に比較的小規模な経営を行っている正組合員の意見や要望が、JAの運営方針に十分に届きにくくなっているのではないかという懸念が生じます。

意思決定のプロセスが複雑化し、経営層と現場の農家との距離が遠のけば、JAの方針が必ずしも個々の農家の経営実態やニーズに合致しないものとなる可能性があります。しかし、前述したようなJAへの依存構造(販売チャネル、インフラ、資材調達など)が存在する場合、農家はたとえJAの方針に不満があっても、他に頼る先がなければJAとの関係を継続せざるを得ないという状況に陥ります。これが、組織構造の変化に起因する新たな「抜けにくさ」を生み出し、結果として農家のニーズに合わない事業運営や不利益な条件を甘受せざるを得ない状況に繋がる可能性があるのです。JAの広域合併や准組合員の増加は、JAの経営安定には寄与するかもしれませんが、その一方で、協同組合の原点である「組合員(特に農家)による民主的な組織運営」という理念が希薄化していないか、注意深く見守る必要があります。

4. 農家が直面する具体的な不利益:JAとの関係で何が起きているのか?

これまで見てきたJAの運営における非効率性や、農家がJAから抜け出しにくい構造は、具体的にどのような形で農家の不利益として現れるのでしょうか。学術論文や調査報告、そして農家の声などから示唆される、農家がJAとの関係で直面しうる主な負担や経営上の制約について、以下に整理します。これらの問題点は、JAのあり方そのものへの問いかけであり、日本農業の将来を考える上で避けては通れない課題です。

不利益の具体例関連するJAの課題・慣行根拠となる論文・資料(主なもの)農家への影響
販売価格の低迷・手数料の高さ共販システムの非効率性、計画生産・価格形成力の限界、農業関連事業の赤字構造桂瑛一「農協共販における価格行動」1、小林康一「都市型JAの組織変革に関する一考察」2、農家の声20手取り収入の減少、経営意欲の低下
経営の自由度の制約無条件委託販売の推進、系統外出荷へのペナルティや出荷強制の事例、画一的な営農指導桂瑛一「農協共販における価格行動」1、林・西澤「経済法と農協改革」4、公正取引委員会事例11、農家の声22収益性の高い経営戦略の追求困難、イノベーションの阻害、市場ニーズへの対応遅れ
情報入手の遅れ・偏り部会組織の弱体化による情報共有機能の低下、JAに都合の良い情報提供の可能性宮部和幸「農協部会組織の活性化に関する課題」7新技術・市場動向への対応遅れ、経営判断の誤り、有利な情報の逸失
資材価格の高止まり購買事業における競争性の欠如、独占禁止法適用除外の影響、資材購入強制の事例林・西澤「経済法と農協改革」4、公正取引委員会事例4、農家の声22、JA全農の価格引き下げ努力と農家の認識のギャップ25生産コストの増大、収益性の悪化、経営圧迫
意思決定への不参加・農家の意向不反映部会組織の弱体化、広域合併による組織の巨大化・官僚化、准組合員の増加による正組合員(農家)の発言力低下、トップダウン型の意思決定宮部和幸「農協部会組織の活性化に関する課題」7、小賀坂行也「農協の存在意義と意思決定・ガバナンス構造の研究」3農家のニーズと乖離した事業運営、不利益な方針の決定、JAへの不信感増大
過度なJA依存と「抜け出しにくさ」高い市場シェア、流通インフラの掌握、部会組織を通じた囲い込み、独占禁止法適用除外、歴史的経緯(特に米)、不公正な取引慣行(JFTC指摘事例)桂瑛一1、農林水産省資料10、宮部和幸7、林・西澤4、小賀坂行也3、公正取引委員会事例多数JAの非効率性や不利な条件の甘受、経営の硬直化、代替販路開拓の困難

A. 販売価格の低迷・手数料の高さ

農家にとって、丹精込めて生産した農産物が適正な価格で販売され、十分な収入を得られるかどうかは経営の根幹に関わる問題です。JAの共販システムは、個々の農家では難しい大規模な販売や価格交渉を代行し、農家所得の向上に貢献することが期待されています。しかし、JAの販売戦略が市場のニーズを的確に捉えられていなかったり、共販システム自体が硬直化し非効率な運営に陥っていたりする場合、農産物が市場価格よりも低い価格で買い叩かれたり、あるいは販売にかかる手数料が必要以上に高く設定されたりする可能性があります。

桂瑛一氏が指摘する「計画生産の困難性」や「参入障壁形成の困難性」1は、JAが市場価格を有利にコントロールすることの難しさを示唆しています。また、小林康一氏が明らかにしたJAの農業関連事業における赤字構造2は、販売事業の収益性が低いことを意味し、これが農家への販売代金の還元率の低さや、手数料の高さに繋がっている可能性も考えられます。実際に、農家からは「JAの手数料は高い」「(JAを通すと)作物の単価が低い」といった不満の声も聞かれます20。このような状況が続けば、農家の経営努力が報われず、生産意欲の低下を招きかねません。

B. 経営の自由度の制約

農家が自らの創意工夫と経営判断に基づいて、より収益性の高い品目を選んだり、新しい栽培方法や販売戦略に挑戦したりすることは、農業経営の発展にとって不可欠です。しかし、JAの方針や指導が画一的であったり、特定の品目や栽培方法を強く推奨したりする場合、農家の自由な経営判断が制約されることがあります。

特に、桂瑛一氏が言及する「無条件委託」1がJAの共販システムで主流となっている場合、農家は出荷後の販売戦略についてJAに全面的に委ねることになり、自らの意思を反映させる余地が少なくなります。さらに、林・西澤氏の論文や公正取引委員会の指摘事例4に見られるように、JAへの全量出荷を求められたり、JA以外のルートで販売した場合にペナルティが科されたりするような「出荷強制」が行われれば、農家の経営の自由度は著しく損なわれます。農家からは、「JAに縛られず、安い資材を自由に探したり、自分で販路を開拓したり、もっと自由に経営戦略を立てられる!」22といった、現状の不自由さからの解放を期待する声も上がっています。経営の自由度が制約されることは、農家が市場の変化に柔軟に対応し、収益機会を最大化することを妨げ、農業イノベーションの芽を摘むことにも繋がりかねません。

C. 情報入手の遅れ・偏り

現代農業において、新しい栽培技術や市場のトレンド、有利な補助金制度など、経営判断に役立つ情報を迅速かつ正確に入手することは極めて重要です。JAは、組合員である農家に対してこれらの情報を提供する役割も期待されています。しかし、JAからの情報提供が必ずしも十分でなかったり、JAの事業方針に沿った情報に偏っていたりする可能性も否定できません。

宮部和幸氏が指摘する部会組織の弱体化7は、農家間の活発な情報交換や、JAからの体系的な情報伝達が滞る一因となり得ます。また、JAが特定の肥料や農薬、農業機械などの販売に力を入れている場合、それらJA取扱商品に関する情報は豊富に提供される一方で、JAが扱っていない代替品や、よりコストパフォーマンスの高い資材に関する情報は抑制されるといった「情報の偏り」が生じることも考えられます。このような情報の非対称性は、農家が最適な経営判断を下すことを難しくし、結果として新しい技術の導入が遅れたり、市場の有利な機会を逃したりする不利益に繋がる可能性があります。

D. 資材価格の高止まり

肥料、農薬、農業機械、燃料といった生産資材の価格は、農家の経営コストに直接影響を与える重要な要素です。JAは、これらの生産資材を共同購入し、スケールメリットを活かして組合員に安価に供給することが期待されています。しかし、実際には「JAの資材は高い」という農家の不満の声は根強く聞かれます22

林・西澤氏の論文で触れられているJAの独占禁止法適用除外4は、JAの購買事業における競争を実質的に制限し、価格が高止まりする一因となっている可能性があります。また、公正取引委員会の事例4では、JAが組合員に対して特定の資材の購入を強制するような行為も指摘されています。JA全農は「銘柄集約による共同購入」25や国際市況に応じた価格調整26など、資材価格の引き下げに向けた努力を行っていると発表していますが、それでもなお、一部の農家からは「もっと安い選択肢があってもJAから買わないといけない雰囲気がある」22といった声が聞かれます。農業資材の国際価格との比較データ30などを見ても、日本の資材価格が割高であるとの指摘もあり、JAの購買事業が本当に農家のコスト削減に最大限貢献できているのか、疑問が残ります。資材価格の高止まりは、農家の生産コストを不必要に押し上げ、経営を圧迫する大きな要因となります。

E. 意思決定への不参加

協同組合であるJAの最も基本的な原則の一つは、組合員による民主的な組織運営です。つまり、JAの事業方針や運営のあり方は、組合員である農家の意向を反映して決定されるべきです。しかし、現実には、農家の意向がJAの意思決定プロセスに十分に反映されず、結果として農家にとって不利益な事業や方針が決定されてしまうケースがあるのではないか、という懸念が示されています。

宮部和幸氏の調査では、部会組織が抱える問題点として「部会の意向が農協の方針に十分反映されないこと」7が明確に指摘されています。また、小賀坂行也氏の研究3が示すように、JAの広域合併による組織の巨大化や、農業に従事しない准組合員の増加は、個々の農家、特に小規模な正組合員の声が経営層に届きにくくなる要因となり得ます。意思決定プロセスがトップダウン型になり、現場の農家の実態や多様なニーズが十分に考慮されないまま方針が決定されれば、JAの事業は農家にとって「他人事」となり、組織への不信感を増大させることにも繋がりかねません。農家が自らの組織であるはずのJAの意思決定から疎外されることは、協同組合の理念を根底から揺るがす問題です。

5. 今後のJAと日本農業:農家が本当に力を発揮できる仕組みとは

JAが抱えるこれらの課題は、単にJA組織内部の問題に留まらず、日本農業全体の持続可能性や、農家の経営安定、さらには私たちの食料供給にも関わる重要な問題です。JA自身も、これらの課題認識のもと、「農業者の所得増大」「農業生産の拡大」「地域の活性化」を基本目標に掲げ、「創造的自己改革」に取り組んでいます31。しかし、その改革が真に農家の利益に繋がり、日本農業の構造的な問題を解決する方向に向かっているのかどうかについては、専門家や農家からも様々な評価や意見が出ています。

A. JA自己改革の現状と課題

JAグループが進める自己改革では、具体的な取り組みとして、スマート農業の導入支援(例:JA丹波ささやまのRTK基地局設置による精密農業の推進32)、市場のニーズを的確に捉えた生産・販売体制への転換(例:JAたじまにおけるトマトの品種一新とブランド化32)、そして生産資材価格の引き下げ努力(例:JA全農による肥料の共同購入や銘柄集約25)などが見られます。これらの取り組みは、一定の成果を上げている側面もあるでしょう。

しかし、専門家からは、これらの自己改革が組合員である農家の納得を得られるものになっているのか、そして協同組合としての原点や理念を見失っていないか、といった根本的な問いかけもなされています34。例えば、関西大学の論文「農協法改正とJAの「自己改革」の課題」35では、「農業者の所得増大」と「農業生産の拡大」が最重点課題とされる一方で、「地域の活性化」が相対的に軽視されているのではないかという懸念や、依然としてJAのトップリーダー層の意識改革が不可欠であるとの指摘がなされています。自己改革が真に実効性を伴うものとなるためには、組織内部からの変革努力に加え、農家自身の積極的な関与と、外部からの建設的な批判や提言を受け入れる姿勢が求められます。

B. 農家の声と多様な選択肢の重要性

農家からは、JAの共販手数料の高さ、生産資材価格の割高感、経営の自由度の制約など、具体的な不満や改善を求める声が依然として聞かれます20。農業経営は多様であり、全ての農家にとってJAが唯一最善の選択肢であるとは限りません。JAを利用するか否か、どのようなサービスをどの程度利用するかは、個々の農家が自らの経営戦略や地域条件、栽培品目の特性などを総合的に勘案し、自由に判断できる環境が保障されるべきです。

そのためには、JA以外の多様な販売チャネル(例えば、消費者への直接販売、実需者との契約栽培、新たな流通プラットフォームの活用など)や、生産資材の調達ルート(例えば、JA以外の資材店、オンライン購入、生産者グループによる共同購入など)、そして経営判断に資する中立的な情報源が、農家にとって現実的な選択肢として存在し、アクセス可能であることが不可欠です。公正な競争条件が確保され、農家が多様な選択肢の中から最適なものを選べるようになれば、JA自身もより一層の経営努力とサービス向上を迫られることになり、結果として農家全体の利益に繋がる可能性があります。農家が真に力を発揮できる仕組みとは、JAという大きな組織に依存するだけでなく、自立した経営体として多様な選択肢を持ち、主体的に経営判断を下せる環境を整備することに他なりません。

このような環境を整備するためには、JA内部の改革努力だけでは不十分であり、より広範な視点からの政策的支援や市場環境の整備が求められます。農家がJAのシステムに過度に依存せず、自らの経営判断で最適な選択を行えるようにするためには、競争を促進し、情報の透明性を高め、農家の交渉力を強化するような取り組みが必要です。これには、独占禁止法の適切な運用や、新たな流通・販売チャネルの育成支援、農家への経営教育の充実などが考えられます。

6. まとめ:賢い選択のために、私たち有権者ができること

JAをめぐる問題は、一見すると農業界内部の専門的な議論に聞こえるかもしれません。しかし、本稿で検証してきたように、JAの組織運営のあり方や事業システムが抱える課題は、農家の経営、ひいては日本の食料生産基盤、そして私たちの食卓にまで影響を及ぼす可能性を秘めています。JAの非効率性や硬直性が農家の不利益に繋がり、また、JAへの依存構造が農家の自由な選択を妨げているのではないか、という懸念は、学術的な研究からも裏付けられています。

私たち有権者がこれらの問題に関心を持ち、JA改革の動向や農業政策全般について、より深く理解しようと努めることは非常に重要です。選挙の際には、各政党や候補者がどのような農業政策を掲げ、JAのあり方についてどのようなビジョンを持っているのかを注意深く見極める必要があります。農家一人ひとりがその能力を最大限に発揮し、持続可能な農業経営を確立できるような社会システムを構築するためには、JAが真に農家のための組織として機能再生を果たすこと、そして農家がJAとの関係において対等なパートナーシップを築けるような環境整備が不可欠です。

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