フィリピン地方都市におけるバス導入のメリットとデメリット

はじめに

フィリピンの地方都市では、予算や地形などの制約から鉄道の導入が困難な場合が多く、その代替としてバスを中心とした公共交通機関の整備が注目されています。従来、地方都市の移動手段はジープニー(小型乗合バス)やトライシクル(オート三輪タクシー)等が主流で、これらは交通渋滞や大気汚染、交通事故の一因ともなっています。そこで本レポートでは、バスを主軸とする公共交通システムを導入した場合のメリット(利点)とデメリット(課題)を、以下の観点から詳しく分析します:渋滞緩和効果、環境への影響、交通安全、経済的影響、および都市計画・インフラ整備への影響。それぞれについてフィリピン国内の地方都市(ダバオ、セブ、イロイロ等)の事例を紹介し、さらに海外の地方都市での成功事例と比較しながら議論します。

渋滞緩和への効果

バス主体の公共交通により交通渋滞の緩和が期待できます。専用レーンを持つバス高速輸送システム(BRT)の導入により、バスは一般車両の渋滞を回避して定時性の高い運行が可能となります (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。例えば、セブ市で計画中のBRTは全長23kmの専用走行路を整備し、1日あたり約33万人の利用者を運ぶ計画です (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。BRTは鉄道と同等の大量輸送能力を持ちながら、レールを必要としないため建設・運用コストが低く、より迅速に導入できる利点があります (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。利用者がバスに移行すれば自家用車やバイクの台数が減り、市内道路の交通量抑制につながる可能性があります。実際、インド・アフマダバードのBRTシステム「Janmarg」では、導入後に利用者の20~22%がオートバイからバスへの転換を果たし、1日あたり約20万キロの車両走行距離削減という効果が報告されています (Ahmedabad BRTs, Janmarg | India | UNFCCC)。このように、バスへのモーダルシフトが進めば道路上の車両数を減らし渋滞を緩和できます。

一方で、バスシステム導入が必ずしも渋滞問題の即時解決策になるとは限らない点に注意が必要です。専用レーンを設ける場合、一般車線が減少することで残る車線の渋滞が一時的に悪化する懸念があります。また、自家用車利用者が公共交通に十分移行しない場合、道路上の車両総数は大きく減らず渋滞解消効果は限定的です。フィリピンでも「BRTは交通渋滞そのものを消滅させる魔法ではない」という指摘があり、渋滞対策というよりは人々の移動手段の効率化として捉えるべきとの意見もあります。実際、セブBRT計画ではBRT整備と併せて高度道路交通管理システムを都市全体に導入し、信号制御の最適化等によって交通流全体の円滑化を図る予定です (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。総合的な施策と人々の意識改革を組み合わせることで、はじめて渋滞緩和の効果が最大化すると言えるでしょう。

環境への影響(排出ガス削減・持続可能性)

適切に計画されたバス公共交通は、大気環境の改善および温室効果ガス排出削減に寄与します。旧型のジープニーはディーゼル排気や粒子状物質の発生源となってきましたが、これを近代的なバス(クリーンディーゼル車や電気バス等)に置き換えることで車両単位の排出ガスを大幅に低減できます。ダバオ市が推進している「高優先バスシステム (HPBS)」では、約400台の連節電気バスと500台以上のユーロ5規制適合ディーゼルバスを導入予定であり、老朽ジープニーを置換することで市内の大気汚染物質とCO2排出量の削減を目指しています (PBBM reaffirms commitment to develop Davao Region through ‘Davao Public Transport Modernization Project’ – Presidential Communications Office)。同プロジェクトにより年間115,000トン(2020年時点)もの温室効果ガス排出削減が見込まれるとの試算もあり (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)、環境面で持続可能性向上に資する取り組みと位置付けられています。世界銀行の分析でも、適切なBRTシステムは大気中の有害物質や有毒な排気成分を減少させ、気候変動対策にも貢献し得るとされています (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。実際、セブBRTは導入により**年間19万2千トンのCO2排出削減(2025年予測)**が期待され (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)、健康被害の原因となる大気汚染物質の低減によって市民の健康向上にも寄与するとされています (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。

さらに、公共交通の普及は間接的にも環境メリットをもたらします。複数の乗客を1台で運ぶバスは、乗客1人あたりの燃料消費・排出ガス量が自家用車より少ないためです。例えばある分析によれば、バスは定員の25%の乗車率でも1人キロ当たり0.64ポンドのCO2を排出しますが、満員時には0.18ポンドまで低減でき、これは大勢を運ぶことで効率が上がるためです (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。乗合いの効率性を高めることで、総燃料消費量を抑え地域全体の炭素フットプリントを縮小できます (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium) (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。世界各都市で新技術やクリーン燃料を用いた公共交通への投資が進んでおり、その成果として交通管理の改善、経済発展、均等な移動機会の提供、公衆衛生の向上など多面的な利益が生じていることが報告されています (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。公共交通の環境メリットは利用者だけでなく都市全域にも波及し、フィリピンの地方都市においても持続可能な成長に貢献すると期待されます。

もっとも、環境面での効果を最大化するにはいくつかの課題にも目を配る必要があります。第一に、バス車両自体の環境性能です。古いディーゼルバスでは劇的な改善は望みにくいため、可能な限り排出基準の高い車両やハイブリッド・電気バスを導入することが重要です。第二に、運用効率です。利用者が少なく空気輸送の状態では、バスの排出削減効率も下がってしまいます。上記のCO2排出量の例が示す通り、利用者が増え車両の占有率が上がるほど、一人当たりの環境負荷は小さくなります (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。したがって、路線計画やサービス改善によって乗客数を維持・拡大することが環境面の成果に直結します。総じて、バス主体の公共交通への転換は現状のままの都市交通より格段に環境負荷が低い選択肢であり、適切な施策設計によってフィリピンの地方都市における大気汚染緩和と気候変動対策の柱となり得るでしょう。

交通安全への影響

公共交通のバス化は交通安全の向上にもつながると期待されています。まず、道路上の車両台数が減少することで単純に事故発生の母数が減り、全体の事故リスクを下げる効果があります。特にBRTのように専用走行空間を設けた場合、バスと一般車の交錯が減少し衝突事故の危険性が下がります (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。セブBRTでも国際的な事例に鑑み、「適切に設計・運用されたBRTは道路上の事故を減らすことができる」とされ、その理由として専用レーンによる他車との干渉減や (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)、歩道・横断歩道の整備改善による歩行者の安全確保 (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)が挙げられています。実際、BRT導入時には駅周辺の歩道拡幅や信号付き横断歩道の新設など歩行者インフラの充実が図られるケースが多く、歩行者事故のリスク低減に寄与します。また、公共交通を利用する人が増え徒歩や自転車への乗り換えが進むと、市民の道路利用形態が多様化し安全意識も高まると期待されます。アフマダバードではBRT整備に合わせ自転車道や歩行者空間の整備も行われており、結果として通勤がより安全で迅速になったと評価されています (Ahmedabad BRTs, Janmarg | India | UNFCCC)。

また、バス車両自体にも安全面でのメリットがあります。大容量バスは乗客を保護する車体フレームが頑丈であるほか、車内に立席・握り手が整備され乗客の安全がより確保されています。ダバオ市の新バスシステムでは、バス車両やターミナルに監視カメラやバリアフリー設計など安全機能を組み込む計画で、乗客が安心して利用できる環境づくりを目指しています (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。さらに自動料金収受機(ICカード等)の導入により現金受け渡しが減れば、運転手の注意散漫や車内での犯罪抑止にもつながります (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。このように近代的なシステム設計によって、公共交通は利用者にとって安全・安心な移動手段となり得ます。加えて、プロの訓練を受けた運転手による運行管理や車両点検の徹底により、無秩序な個人営業の乗合よりも運行の信頼性・安全性が高まるでしょう。

一方、デメリットとして考えられるのは移行期の混乱と新たな事故リスクです。システム導入直後はドライバーや歩行者が新しい交通ルール(例えばバス専用信号や優先レーンの存在)に慣れるまで時間がかかり、過渡期に事故が発生する懸念があります。また、大型バス特有の死角の広さやブレーキ距離の長さといった問題もあります。運転手の技能向上と周知啓発を徹底しないと、大型車両ゆえの事故(例えばバス停での接触事故)や歩行者とのトラブルが起こりかねません。さらに、既存の道路インフラが未整備だとバスが無理に路肩を走行する状況も考えられ、これも安全上好ましくありません。従って、ハード面・ソフト面の対策を十分講じることが、安全メリットを損なわないための前提条件となります。

経済的な影響(雇用・費用対効果など)

バス中心の公共交通への転換は、経済面で様々な波及効果をもたらします。まず直接的なメリットとして、新たな雇用創出が挙げられます。ダバオ市のバス導入プロジェクト(DPTMP)は完了時に約3,000人の新規雇用を生み出す見込みであり (PBBM reaffirms commitment to develop Davao Region through ‘Davao Public Transport Modernization Project’ – Presidential Communications Office)、運転手や整備士、駅員、システム管理者など多くの職種で雇用機会が増加するとされています。加えて、整備工場や車両メーカーへの需要増により関連産業も活性化します。実際、フィリピン政府の公共交通近代化プログラムでは国内企業による新型車両製造が奨励されており、車両更新を通じて地場産業育成と雇用創出につなげる狙いがあります (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。一方、旧来のジープニー事業者・運転手に対する支援策を講じることで、失業や収入喪失といった負の経済影響を緩和する努力もなされています。例えば新システムへの移行に際して、既存運転手をバス運転手やスタッフとして再雇用したり、車両オーナーを路線ごとの協同組合に統合して運営側に参画させる政策などが取られています。これにより、古い雇用が消滅しても新たな雇用へ円滑に移行し、社会全体で見れば雇用の底上げ効果が期待できます (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。

次に費用対効果の面では、バスによる大量輸送は鉄道等に比べ初期投資・維持費が低く抑えられるのが強みです。BRTは既存の道路を活用できるため建設コストが安価で、短期間で整備が可能です (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。セブBRTは世界銀行等から約1億4千万ドルの融資を受け実施されますが、同規模の鉄道路線を敷設する場合に比べてコストパフォーマンスが高いと評価されています (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu) (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。輸送力あたりの建設費・運営費が低いため、限られた予算の中でより多くの市民に公共交通サービスを提供できる利点があります (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。さらに、自家用車利用から公共交通への転換が進めば、家庭の交通費負担軽減や労働者の通勤時間短縮による生産性向上など、**経済全体への好影響(正の外部性)**も見込まれます。セブ市のラマ前市長はBRT導入によって「移動時間の短縮、汚染の削減、交通事故の減少により都市がより活気づき、居住者・観光客・企業にとって魅力が高まって新たな投資や雇用創出につながる」と述べています (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。このように、公共交通整備は都市の経済発展を促すインフラ投資として位置付けられています。

一方、経済的デメリットや課題も存在します。まず事業コストです。バスシステムといえど大規模に導入するには車両購入、道路改良、停留所・ターミナル建設、ITシステム構築など多額の資金が必要です。ダバオのDPTMPは総事業費733億ペソ(約14.5億ドル)に上り (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)、多くを国際金融機関の融資に頼る状況です。投資を回収するには長期的な視野が必要であり、運営採算性も課題となります。料金収入だけで費用を賄うことは難しく、政府補助や運賃値上げが検討されますが、運賃上昇は利用者負担増となります。実際、ダバオでは近代化後の新バス運賃が従来のジープニーより高くなる懸念が示されており、地元団体は「運賃値上げで低所得者に負担増となる」と反対しています (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。2022年時点でエアコンバスの初乗り運賃は15ペソ(4キロまで)でジープニーの12ペソより高額であり、今後さらに値上げがあれば公共交通の利用抑制につながる恐れもあります。加えて、既存ジープニー運転手らへの補償・融資支援など社会的コストも発生します。イロイロ市では近代化対応のため運輸協同組合が多額の銀行融資を受け新車を導入しましたが、一部では返済が滞り経営難に陥るケースもあり、政府方針の揺らぎによって投資回収計画が不透明になるリスクが指摘されています (Balancing progress and inclusivity in public transport modernization)。

このように、バス公共交通は長期的には高い経済効果を見込めるものの、初期費用や移行期の社会コスト、運営財政といった課題に綿密な対策が必要です。費用対効果を高めるためには、段階的な路線整備で需要に応じて投資規模を調整したり、民間資金や開発援助を活用して財政負担を分散する工夫が求められます。また、低所得層への運賃補助や影響を受ける業界への支援策など包摂的な政策と組み合わせることで、経済メリットを社会全体に広く行き渡らせることが重要です。

都市計画・インフラ整備への影響

バスを中心とした公共交通導入は、都市計画やインフラ整備の分野にも大きな影響を与えます。まず、公共交通ネットワークの構築は都市の土地利用計画と不可分です。ダバオ市ではHPBS導入が「ダバオ都市交通ロードマップ」に位置付けられており、都市の**総合的な成長戦略(2017~2040年ロードマップ)**の一環としてバスシステム整備が推進されています ()。これは、交通と都市開発を連携させることで持続可能な都市構造を実現する狙いがあります。実際、バス幹線沿いに商業施設や住宅開発を誘導し、公共交通指向型開発 (TOD) を図る動きも各国で見られます。ブラジル・クリチバでは幹線道路沿いにBRT(幹線バス)のみならず周辺の土地利用計画を組み合わせ、線状の都市成長を誘導した成功例として知られています。その結果、都市の無秩序な拡散が抑えられ、市民の70%がバスを日常的に利用するなど公共交通と調和した都市発展を遂げました (The Buses of Brasil: Connectivity – Intelligent Transport Solution | Brasil | UNFCCC)。フィリピンの地方都市でも、主要幹線に沿ったバス交通網を骨格に据えることで、将来的な土地利用の効率化や都市のコンパクト化に寄与する可能性があります。

インフラ面では、バスシステム導入に伴い道路空間の再配分や新設が行われます。BRTであれば中央分離帯部分にバスレーンやプラットフォーム式のバス停留所を設置する必要があり、そのために道路拡幅工事や橋梁改良が発生します。インドのJanmargでは運行速度向上のため道路断面の全面的な再編(中央専用レーンや交差点から離れた島式停留所の配置)が行われ、同時に自転車道や歩道も整備されました (Ahmedabad BRTs, Janmarg | India | UNFCCC)。このようにインフラ整備コストは掛かるものの、結果として道路全体が多機能・高効率に生まれ変わる効果があります。また、ダバオの計画では約1,000か所のバス停を新設し、全天候型のシェルターや乗客案内表示を備える計画です (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)。これにより、雨季でも快適に利用できる公共空間が創出されます。さらには終点ターミナルやバス車庫の整備も必要ですが、これらは交通結節点として周囲に商業活動を生み出すチャンスでもあります。バスターミナルに市場や商店を併設すれば、人の集まる拠点として経済活性化や便利な都市機能の集積につながります。

もっとも、都市計画・インフラ面での課題もあります。第一に用地取得や住民調整です。道路拡幅や車両基地の用地確保のために立ち退きや土地収用が必要になるケースがあり、住民合意形成に時間を要することがあります(実際ダバオでは一部で先住民居住地付近のバス停計画に関する調整が必要とされています ())。第二に、既存の交通インフラとの接続です。新たなバスシステムを都市内の他の交通(フィーダーのジープニー路線や長距離バス、港・空港など)と上手く接続させなければ、十分な利便性が発揮できません。セブBRT計画でも他の交通モードとの統合が図られており、端末駅でフィーダーバスや従来交通との乗り換えがスムーズに行えるようターミナル整備が計画されています (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。第三に、インフラ維持管理の問題です。新設したバスレーンや停留所を適切に維持し、違法駐車の排除や設備の修繕を怠らないことが、長期的な成功に欠かせません。インフラ整備後の運営管理能力も問われるでしょう。

フィリピンの地方都市における事例

ここでは、実際にフィリピン国内でバス主体の公共交通導入を進めている主要な地方都市の事例を概観します。

上記のように、フィリピン各地でバス中心の公共交通整備が進められており、それぞれ都市規模や状況に応じたアプローチが取られています。その概要と成果・課題を比較すると次表のようになります。

都市 (国)導入形態・概要主なメリット・期待効果主な課題・懸念
ダバオ市(比)高優先バスシステム (HPBS)。29路線・672km網。電気バス400台+ディーゼルバス500台超を導入 (PBBM reaffirms commitment to develop Davao Region through ‘Davao Public Transport Modernization Project’ – Presidential Communications Office)。日輸送80万人計画 ([SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEMby 12 – Bro. Richie FernandoMedium](https://addufernando12.medium.com/sustainable-mindanao-maneuvering-transportation-modernization-by-the-high-priority-bus-system-bc391545b4f1#:~:text=800%2C000%20passengers%20daily%20when%20completed,promoting%20public%20transportation%2C%20improves%20commuter))。
セブ市(比)バス高速輸送 (BRT)。第1期23km(専用レーン) (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。将来段階的拡大予定。日輸送33万人計画 (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。世界銀行等支援。– 鉄道に匹敵する大量輸送を安価かつ短工期で実現 (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)- 専用走行で定時運行・高速移動(渋滞回避)- 年間19万トン規模のCO2排出削減見込み (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)- 交通事故の減少(安全な専用走路・歩行空間整備) (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)- 将来需要に応じ拡張可能な柔軟性 (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)– 計画・調整に長時間を要し遅延(調整コスト)- 専用レーン設置による一般車線減少への懸念- 他の交通機関との接続・エリアカバー(ラストマイル課題)- 初期段階では認知不足や誤解による反対意見
イロイロ市(比)PUV近代化(ジープニーのバス化)。既存路線網の再編 (LPTRP)と車両更新。93%が協同組合化し新車導入 (Balancing progress and inclusivity in public transport modernization)。– 燃費・排ガス性能の高い車両で汚染削減 (Balancing progress and inclusivity in public transport modernization)- 車両大型化で輸送力増・渋滞緩和(台数削減効果)- 乗客サービス向上(冷房・安全設備で快適性↑)- 協同組合運営で運行管理効率化と収益安定– 残存する未近代化車両への対応(800台が未更新) (Balancing progress and inclusivity in public transport modernization)- 新車導入費用の負担(融資返済など経営リスク) (Balancing progress and inclusivity in public transport modernization)- 政策変更による投資回収不確実性(旧車容認への不安)- 個人事業者間の調整(利害調整に時間)
クリチバ市(ブラジル)バス大量輸送 (BRT)。1974年導入、5路線延長82km超。世界初の本格BRTシステム。都市幹線軸に連節バス運行。– 都市人口の約70%がバス利用 ([The Buses of Brasil: Connectivity – Intelligent Transport SolutionBrasil

上表から、フィリピン国内ではダバオやセブといった大都市圏で本格的なバス大量輸送への投資が行われている一方、イロイロのように中規模都市では既存システムの近代化による漸進的改善が図られていることが分かります。また海外の事例としてクリチバは、バス中心でも長年にわたり都市の交通需要を支え質の高い公共交通サービスを提供できた成功例です。この他にも、コロンビアのボゴタ(首都ですが)やトルコのイスタンブール、インドのアフマダバードなど、地方・新興都市でのBRT成功事例は数多く報告されています (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)。例えばアフマダバードのJanmargでは、運行速度25km/hを達成し市内移動の高速化に寄与するとともに、女性や高齢者など新たな利用者層の公共交通利用を促進するなど社会面の効果も現れています (Ahmedabad BRTs, Janmarg | India | UNFCCC) (Ahmedabad BRTs, Janmarg | India | UNFCCC)。さらに同市ではBRT利用者の65%が徒歩で駅にアクセスしており、歩行者環境の改善と合わせて都市のモビリティが総合的に底上げされました (Ahmedabad BRTs, Janmarg | India | UNFCCC)。これら成功都市と比べると、フィリピンの地方都市も潜在的な需要は大きく、適切な計画・運営次第で同様のメリットを享受できると考えられます。

まとめ

フィリピンの地方都市におけるバス主体の公共交通導入は、渋滞緩和、環境改善、交通安全の向上、経済効果、そして持続可能な都市発展といった多方面にメリットをもたらす有望な施策です。他国の成功例からも分かるように、鉄道に頼らずとも創意工夫で都市交通を改善した事例は多数存在し、フィリピンでも同様の変革が期待されています。ただし、その実現にはデメリットや課題への十分な対処が不可欠です。既存公共交通業界への配慮(雇用対策や補償)、財政面の持続可能性確保、利用者が支持するサービス水準の確保、インフラ整備による市民生活への影響緩和など、越えるべきハードルも多いでしょう。幸い、政府や地方自治体はこれら課題を認識しつつ段階的な導入を進めており、例えばダバオでは地域住民のニーズに応じたルート計画や弱者に優しい車両デザイン、イロイロでは協同組合方式による運転手支援などの工夫がみられます。

総括すれば、バスを中心とした公共交通は**「費用対効果の高い都市交通ソリューション」**であり、適切な政策設計と市民の理解を伴えばフィリピンの地方都市において大きな社会的利益をもたらす可能性があります。その成功の鍵は、メリットを最大化しデメリットを最小化するための包括的アプローチです。すなわち、交通だけでなく環境・経済・社会・都市計画を統合的に捉えた施策の実施、ステークホルダーとの協働、技術と制度の両面からの革新が求められます。バス主体の公共交通は、鉄道がなくとも実現できる持続可能な都市モビリティの姿であり、フィリピンの地方都市が直面する諸課題への有効な解決策となり得るでしょう。その実現に向け、引き続き慎重かつ着実な取り組みが望まれます。

参考文献・出典(一部):フィリピン運輸省・ダバオ市の公式発表 (PBBM reaffirms commitment to develop Davao Region through ‘Davao Public Transport Modernization Project’ – Presidential Communications Office) (PBBM reaffirms commitment to develop Davao Region through ‘Davao Public Transport Modernization Project’ – Presidential Communications Office)、世界銀行・ADBの分析レポート (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu) (Philippines: World Bank Approves Financing for Safe, Reliable and Affordable Transport in Metro Cebu)、現地メディア報道 (Balancing progress and inclusivity in public transport modernization) (SUSTAINABLE MINDANAO MANEUVERING: TRANSPORTATION MODERNIZATION BY THE HIGH-PRIORITY BUS SYSTEM | by 12 – Bro. Richie Fernando | Medium)、および海外BRT事例研究 (The Buses of Brasil: Connectivity – Intelligent Transport Solution | Brasil | UNFCCC) (Ahmedabad BRTs, Janmarg | India | UNFCCC)など。

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